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ウナムのまなざし

せっかく撮った写真だから、公開してみよう。 

イスタンブールへ

祖母

2006年4月12日

僕と兄のリョムで1ヶ月の旅に出た。
旅行の計画はトルコをメインにし、リョムが行きたいというイタリアを1週間ほど
おりまぜて計画された。
しかし、その途中で、スイスも近いから行きたいな~と
僕が発作的に調べたことから、スイスにも2日ほど滞在することが決まった。

イタリアはローマ・フィレンツェ・ヴェネチア・ミラノ
スイスは氷河特急・ベルニナ特急で行って帰ってくるというプランだ。
そしてトルコは東の方を中心に回る。
それが当初の計画。

飛行機はトルコ航空を利用し、トルコ航空でローマ入りし、ミラノから出国することにした。

お祖母様の心配や期待を背負いつつ、僕らは出発した。


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  1. 2006/05/17(水) 03:58:54|
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スルタン・アフメット・ジャーミー

20060517030100.jpg

  ↑
 キング


スルタン・アフメット・ジャーミー。
イスタンブール旧市街のど真ん中にあるモスク。
外見が青いので通称ブルーモスクと呼ばれている。

旧市街の二大モスク、アヤソフィアとブルーモスクは対峙していて、
二つのモスクの間には広い公園が作られ、眺望がよく作られている。
まさにイスタンブールのこれ以上ない見所といえる。

モスク(ジャーミー)というのは、イスラム教徒の礼拝する場所で、
神道でいう神社、仏教でいうお寺、キリスト教でいう教会と思ってもらえばよいと思う。


このブルーモスクことスルタン・アフメット・ジャーミーの最大の特徴は
6本あるミナレットだろう。
ミナレットとはモスクには欠かせない塔のことで、モスクには最低一本はニョキっと生えている。

でかいモスクといえども4本が一般的なのだが、このモスクは6本なのだ。
なぜ6本になったかは、諸説あり、よく聞くのが建造を命じた
スルタン・アフメット1世が「黄金(アルトゥン」でつくれといったのを
「6(アルトゥ)」と聞き間違えたというやつだ。

何はともあれ、6本という珍しいモスクが出来たわけだ。



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  1. 2006/05/18(木) 02:43:01|
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アヤ・ソフィア

どっかーん

                                     ↑
                                     僕

歴史を感じさせる赤い外壁、重厚な存在感。

壮麗というイメージのブルーモスクとは違い、不思議な重量感を感じるのが
アヤソフィアだ!

他のモスクとは違った印象を受けるのは、アヤソフィアが辿ってきた歴史の所為だ。

~~~~では少々歴史を説明しないといけないようですね~~~~~~~~~~~~~

かつてローマ帝国という世にも有名で巨大な帝国がありました。。

もちろんみなさんの知っての通り首都はイタリアはローマでした。

時の支配者 コンスタンティヌス帝はローマに変わる新しい首都建造を始めました。
コンスタンティノープルいう都ですが、それが現イスタンブールになるわけです。


その後ローマは西と東に分裂(395年)し、コンスタンティノープルは東ローマの首都ととして栄え続けました。
この時にキリスト教大聖堂として、アヤソフィアは建造されました。
この頃から東ローマ帝国はビザンツ帝国と呼ばれるようになります。
しかし、この時のアヤソフィアは焼け落ちてしまったそうです。

現在のアヤソフィアは532年ユスティニアヌス帝によって再建されたもの。
約1500年前の建物ってことになりますね。(すごい!)

この時点までは、アヤソフィアはキリスト教の建築物でした。
しかし、これがイスラムの寺院になるには少し時間を要します。

コンスタンティノープルは
「コンスタンティノープルを制するものは世界を制する」って程の戦略的要地となり
なんども包囲されたり、十字軍の戦場になったり
度重なる戦乱をくぐりぬけてきました。

テオドシウス帝の作った大城壁がイスラム勢力を退けるのに大きな力を持っていました。

が、
1453年オスマン帝国(オスマントルコに)よってコンスタンティノープルは陥落し、
長く続いたビザンツ帝国の時代も幕を閉じます。
しかし、その時の支配者、メフメット1世は驚くべき決断をしたのです。





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  1. 2006/05/20(土) 00:28:02|
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キング

もすく

キングに率いられてアヤソフィアに入場。
なぜかキングの分の入場料も払うことになり、なぜ我々が…と思いながら払う。

中に入るとキングが
グゼル(トルコ語ですばらしい・うまい・美しい)
を連呼する。

なぜお前がそこまでテンションが高いんだ!!
ちょっと気後れしながら彼のあとをついていく。

景色のいいところへくるとキングは
「フォト、フォト!」と言って写真タイムを作ってくれる。
そうなると、彼の好意もあるし、撮らざる得ない状況になる。
実際、写真写りのよさげな場所もあったけど、僕としてはピンとこなかったり
暗すぎたり、逆光だったり、カメラに入りきらなかったりと
テクニカルな面でNGな場所もあったりした。
しかし彼があまりにうれしそうに
「ウナム!ふぉとぅ!」
と呼ぶので、いちいち「う~んここはこうだから・・・」って説明するのもアレだし
第一彼は英語がほとんど通用しないので、余計にアレだった。

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  1. 2006/05/21(日) 11:33:28|
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地下宮殿

地下宮殿

            ↑                   ↑
           キング                 リョム(兄)


お調子者キングに率いられて、次にやってきたのは
地下宮殿!!

そう、その名の通り地下にあるから地下宮殿なのだ!!
場所はアヤソフィアのすぐお隣。
住宅密集地の真下にある。

4世紀~6世紀、コンスタンティヌス帝~ユスティニアヌス帝の時代に
つくられたと言われてる。
つまり、アヤソフィアとほぼ同時期に作られてるんやね。

情報をしらないと、まさかここが入り口とは?!
というような地味な場所に地下宮殿はある。
チケットを買って階段を下りると
トルコミュージックというか不可思議な音楽とともにひんやりとした空気が流れてくる。
そして宮殿の名にふさわしくコリント様式と呼ばれる円柱が何本も立ち並んでいる光景が広がる。
水をたたえる広い空間。
目をこらすとスイーっと魚が泳いでいる。

ここは貯水池として使われていたそうだ。
今も上から水滴がポチポチ落ちてくる。
地下宮殿は軽くライトアップされていて、なかなかムーディーだ。


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  1. 2006/05/23(火) 00:28:49|
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スレイマニエ・ジャーミー

モスク


ブルーモスク・アヤソフィアを観た後は、トプカプ宮殿の公園をのんびり散歩したり、昼食をとったりした。
午後はエフェさんと合流する。

エフェは朝からイスタンブール大学へ行っていて、
14時に学校が終わるとのこと、
つまり僕らはエフェと合流するまでの暇つぶしをしていたわけだ。
彼を迎えに大学まで赴く。

イスタンブール大学はさすがはイスタンブールとつくだけあって
とても立派な外観をしていた。

中に入るには学生証を門番に見せる必要があり、部外者は入れない仕組みになっている。
そう、僕らにできるのは前で待つのみ。

特権!
あぁ、なんて良い響き。
受かったものしか入れないなんて、なんて優越感!
地元の友人と大学まできて、「ここから入れるのは僕だけだよ」
・・・な~んて言うときは素晴らしい優越感に浸れるだろう。
大学に大切にされてる感じもするから勉強にもそりゃ身が入る!(ような気がする)


・・・・って妄想しながらエフェを待っていたのだが、
これがなかなか出てこない。。。。
結局30分遅れででてきよった。
これがトルコ時間というやつか。。。。

すっかり疲れた僕らは、大学の裏側にあるスレイマン・モスクこと
スレイマニエ・ジャーミーへ行くことにした。

なぜかエフェとキングの案内で迷子になったが・・・ [スレイマニエ・ジャーミー]の続きを読む
  1. 2006/05/24(水) 22:00:02|
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トルコ絨毯

路線バス



スレイマニエ・ジャーミーを見た後、エフェとキングとは別れ
僕らはイスタンブールの知り合いのエルファンさんに会いに行った。

まぁ簡単に言えば絨毯屋さんだ。

絨毯といっても、彼があつかっているのはキリムというもので
シルクの絨緞は目が飛び出るほど高い値段が、キリムというのは
なんとか手が出るお値段である。
(厳密にいうと、キリムではなく、刺繍というらしいが)


イスタンブールというえば絨毯屋の客引きだ。

これが腐るほど寄って来る。
「お兄さん」とか「ジャパン」とか「ニッポンジン」
とか適当に日本語で声かけて振り返ったお人よしジャパニーズをとっつかまえて
商売にもっていくのだ。

まぁ、イスタンブールへ来て絨緞屋に引き込まれるのは観光の1つと思っておいた方がいいと思う。
いろいろなところに引き込まれて、相場や雰囲気を掴んで、
信頼おけるパートナーを見つけるのがいいだろう。

最初の店で買うのはお勧めしない。
いい人と思ってもだ。トルコ人は大体いい人だし、目を慣らす必要がある。

まず安いのを買ってみるのも1つの手だ。
すると価値観の目が開眼する。


え~・・・では
これからトルコへ行く人のための
☆絨毯屋アドバイス講座☆
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  1. 2006/05/26(金) 01:27:16|
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プロフィール

ロムスカ・パロ・ウル・ウナム

Author:ロムスカ・パロ・ウル・ウナム
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