ウナムのまなざし

せっかく撮った写真だから、公開してみよう。 

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振り返り その5 イタリア ミラノ編

今まで4月12日~5月12日まで行ってきたトルコ・イタリア・スイスの旅
トルコのワンまで描いたのですが、残りを描くまえにただいまおさらい中
ミラノ編をどうぞ~~
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・



朝一でヴェネツィアをあとにした僕らはインターシティという列車でミラノに向かった。
これは指定席を取らなくても乗れるのだが、もし指定席を持った人が着たら席を譲らなくてはならない。
出発して3駅ぐらいで僕に悲劇が訪れた。指定席を持った人が現れたのだ。
僕は隣の空席に移動して、難を逃れた。それからひやひやしつつも
終点ミラノまで席を移動することなくゆったりと行くことができた。
しかし兄のリョムは中盤ごろに指定席の人が来てしまった。
まわりは既に満席状態。
リョムは2時間立ちっぱなしとなった。
リョム曰く、「寒かった、つらかった」


ミラノセントラル駅

※ミラノセントラル駅とリョム(兄)



ミラノセントラル駅は、とても大きな駅で、駅舎が石造りであったのが驚きだった。
それ自体が遺跡じゃないのか?と思うぐらい歴史を感じさせて立派だった。

ビットーリオエマヌエーレ2世アーケード

※ビットーリオエマヌエーレ2世アーケード

ミラノの中心にもドゥオモがあり、そのそばにビットーリオエマヌエーレ2世アーケードがある。
大きなアーケード街で、十字になっているのが特徴だ。
隣にはオペラ座がある。そう、オペラ座の怪人のとこだ。
オペラ座の前にはレオナルド・ダ・ビーンチの像がオペラ座を前に憂鬱な表情で立っている。
このアーケードは町並みを統一するためか、マクドナルドさえも黒色になっている。
ブラックマクドナルドである。
またブランドショップが軒を並べているのもここの見所である。
ちなみに外は古い町並みを保っているが、一歩建物の中にはいると
広い地下があったり、相当近代的だということを述べておく。

スフォルツァ城

※スフォルツァ城とたそがれリョム



スフォルツァ城と僕

※スフォルツァ城と僕

スフォルツァ城。
はい、みなさん声に出していってみましょう。

スフォルツァ城!

はい、僕はとりあえず噛みました。
この変な響きだけど、言えると癖になるお城がミラノに長年守ってきたスフォルツァ城だ。
お城までは大通りがまっすぐ伸びており、かなり遠くから目視することができる。
近づくにつれてズンズン大きくなるので興奮もひとしおだ。

ある程度の距離になるとみなさん記念撮影にいそしんでいる。
僕が一眼レフを持っていたせいか、何かと写真をお願いされた。
もちろん最高のアジアンスマイルでお受けした。



街のシンボルであるドゥオモに行ったが、ななんと工事中だった。
うわさには聞いていたけれど実際見るとかなり落胆した。
しかし、あまりの暑さに僕らはすぐに中に逃げ込んだ。
ドゥオーモ工事中

※悲しみのドゥオモ

ドゥオモの中

※ドゥオモの中

ドゥオモの中に入ると涼しさにあふれていた。
ミラノドゥオモの特徴はステンドグラス。
前面の壁は全部そうではないのかというほど、大きなステンドグラスがある。
これはミラノのシンボルだったようで、世界大戦中、ステンドグラスを土に埋めて守ったのだそうだ。
僕にも守るべきものがほしいと思ったりした。

空に伸びる

※空に伸びる

ドゥオモに登った。ミラノはドゥオモはフィレンツェやローマのサンピエトロ大聖堂に比べて高さはそんなになかったが
何百本と立ち並ぶ尖塔は圧巻だった。
僕はそれを見て、続いていくことのすごさを感じたり考えたりした。
(詳しくは下の「その⑤」を参照)


またミラノは次のスイスへのチケットを取ったりと一日の間にすることが多かった街でもあった。
ちなみにミラノでは少々金欠気味になり食事はマクドナルドで済ませていたというのは内緒である。


ミラノ編は5本です!
ぜひご覧ください!
その①ミラノへ
その②スフォルツァ城へ
その③スイスへ行くためには
その④ドゥオモの上で
その⑤続いていくこと ミラノのドゥオモで考えた





ミラノ滞在期間 2006,4,22


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  1. 2006/09/29(金) 12:57:11|
  2. 総集編~イタリア・スイス・トルコの旅~
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振り返り その4 イタリア ヴェネツィア編②

今まで4月12日~5月12日まで行ってきたトルコ・イタリア・スイスの旅
トルコのワンまで描いたのですが、残りを描くまえにただいまおさらい中
ヴェネツィア後編をどうぞ~~
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

ヴェネツィア二日目。
兄のリョムはローマがイースターだったことからヴァチカン美術館が休館していたため
システィーナ礼拝堂にあるミケランジェロの「最期の審判」がみれなかったことをずっと悔やんでおり
意を決して、一人ローマへ戻っていった。

そして、僕の臨時のヴェネツィア一人旅がはじまった。

水上バスの24時間券を買い、一人ヴェネツィアを気ままにさまよう。
朝食を済ませて、鏡のようなガラスに映る僕をとりあえずパシャリ。
セルフポートレート

※鏡に映った僕を激写


太陽に温められる前の空気がすがすがしく、一人のホリデーのすばらしさを予感させた。
まだ夜と思っているのだろうか、ひとり輝き続ける街灯にひかれてパシャリ。
昼なのにライトがついてる景色

※おしゃれなライトを激写


水上バスで行き先間違えながら、島巡りを開始。
10分程度、本当から離れているガラス工芸の島、ムラーノ島をパシャリ。
ムラーノ島 港

※ムラーノ島を激写


そしてこの日、お目当てのブラーノ島に到着。
本島からは30分ぐらいかかる。
まぶしいばかりの色に満ちた島が姿を現した。
ブラーノ島

※ブラーノ島の色を激写



とにかくブラーノ島は楽しい気分にさせてくれた。
これぞ!という観光スポットはないのだけど、いるだけでよかった。
長屋

※鮮烈な色の長屋を激写


ブラーノ島はふたつの島から成り立っていて、隣の島はちょっと色合いが落ち着いていて
あたらしい建物もいくつかあった。
もちろん、それらもちゃんとブラーノ色になっていた。
緑とブラーノ

※ブラーノに咲くたんぽぽを激写


ブラーノ島から10分程度、水上バスで移動するとヴェネツィアの中心であったというトルチェッロという島へ移動。
水路の面影があったり、ドゥオモがあったりと、ヴェネツィアの源泉を見た感じだ。
派手な色合いではない、素朴な石組みが温かみを感じさせた。
ドゥオモ

※ヴェネツィアの発祥の地を激写


リョムと23時半過ぎに合流。
次の日はふたたびリョムと観光した。
しかし、前日興奮しすぎてしまったのか、この日は睡魔に襲われお昼のほとんどを
ホテルで寝て過ごした。
サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会

※サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会から激写


夜はサン・マルコ広場へ行った。
生演奏が広い広場に4箇所程度行われていて、手拍子にダンスとみんな思い思いに楽しんでいた。
クラッシックで踊る人々

※クラッシックで燃える夜を激写



ヴェネツィア滞在期間2006.4.19~4.22早朝



ヴェネツィア島巡り編は11話あります!
たんまりたくさん。
渾身の記事たちをど~ぞみてやってください!!!!
ぜ~んぶ見てやってください!!(力説)

その①一人のホリデー
その②ジューディッカ島
その③ムラーノ島
その④ブラーノ島へ
その⑤色の街 BURANO
その⑥守られる景色 BURANO
その⑦長屋 in BURANO
その⑧散策 BURANO
その⑨トルチェッロ島 Torcello
その⑩さらばブラーノ島 BURANO
その⑪さらばヴェネツィア



次回:ミラノ編


    

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  1. 2006/09/26(火) 23:16:34|
  2. 総集編~イタリア・スイス・トルコの旅~
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振り返り その3 イタリア ヴェネツィア編①

今まで4月12日~5月12日まで行ってきたトルコ・イタリア・スイスの旅をトルコのワンまで描いたのですが、残りを描くまえにおさらい中
ヴェネツィア編をどうぞ。
2回にわけてお送りいたします。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

フィレンツェからヴェネツィアにやってきた僕ら。
実はユーロパスの使い方がよくわからず、かなり動揺しながら移動だった。

外の景色を眺めていると、急に海になった。
海の上を一本の橋が渡り、その上を僕らを乗せた列車が走る。
いよいよ水の都ヴェネツィアへやってきたかと胸が高鳴る。

ヴェネツィアの駅について一歩外に出ると、そこはまさにヴェネツィアとしか形容のしようがない世界だった。
流れる運河。
次々と着岸しては、人々を乗せていく水上バス。
あふれかえる観光客。
(そして高い物価。)

ヴェネチア 小道

※ヴェネツィアの小道と僕

ホテルを決めた僕らはヴェネツィアの中心のサン・マルコ広場を目指すことにした。
とりあえず船は使わず歩いていくことに。

入り組んだ路地を歩く。
迷子になるという感覚。
道が正しいのか確信を持てず、でも不安を感じずにあるく楽しさ。
家々の細かい装飾。
車が通ることができない、人だけの通路で敷き詰められた世界。
さまざまな要素が旅情感を高めた。

リアルト橋と船

※リアルト橋
駅からサン・マルコ広場へ向かうには必ず大運河にぶち当たる。
ここをわたるためには限られた橋を渡らねばならない。
そのひとつがこのリアルト橋だった。
普通に歩いていると橋とは感じられないような街と一体となったものだった。


サンマルコ

※サン・マルコと僕
視界が急に開け、目の前に大きな広場が広がる。
そこが中心サン・マルコ広場だ。
どこかオリエントの雰囲気を持つこの聖堂こそ、サン・マルコ大聖堂である。


サンマルコ広場

※サンマルコ広場とリョム(兄)


サン・マルコ広場には鳩がたくさんいた。
追いかけずにはいられなかった



今回は3本です。
その①ヴェネツィアの細道に思う
その②リアルト橋
その③サン・マルコ広場



次回;ヴェネツィア島巡り編




土曜日はなぜか何もやる気がしませんでした。
日曜日はその反動か、土曜の夜から徹夜でドライブしてきました。
ということでコメントも訪問もサボっちゃってました。
今から伺いますね!
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  1. 2006/09/24(日) 20:27:13|
  2. 総集編~イタリア・スイス・トルコの旅~
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とかなじみの声が聞こえてくる(BlogPet)

きょうシマはフィレンツェで文章返事するはずだったみたい。

こないだ、ウナムが外でなじみが姿を現した瞬間を写真に収めようと待っていると中から「ウワー!」とかなじみの声が聞こえてくる。
とか思ってるよ。
*このエントリは、B l o g P e t(ブログペット)の「シマ」が書きました。




*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「シマ」が書きました。
  1. 2006/09/23(土) 15:30:34|
  2. シマのお言葉
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振り返り その2 イタリア フィレンツェ編

今まで4月12日~5月12日まで行ってきたトルコ・イタリア・スイスの旅をトルコのワンまで描いたのですが、残りを描くまえにちょっとおさらいしようと思います。
(一応)写真ブログなのに一度掲載した写真を使いまわすなんて恥ずかしい!
写真が多すぎる?!
って思いつつ今回も振り返り開始。
フィレンツェ編をどうぞ


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
ドゥオモ

フィレンツェの中心に堂々と建つドゥオモ。
あまりの大きさ。
そして全体を写すには狭い広場でがんばって一枚写しました。
巨大さがうまく出たかな。

フィレンツェを極めた兄(リョム)

ドゥオモを登ったリョムをぱしゃり。
ドォオモにある落書きに失望した。
しかし、町並み保存によって整えられた街は美しかった。
そして高かった!!


高い

ドゥオモの頂上からしたを見下ろすと、吸い込まれそうなくらい
急な角度に切り込んでいて、
作った人々に作業の大変さを感じた。
見てるだけで怖かった。



そびえ立つ



フィレンツェの市庁舎や美術館のしたには芸術家があつまっていた。
一日のほとんどが日陰ではないかと思われるほど歴史的建築物に囲まれた通路は
昔から続くフィレンツェの芸術の原点を感じさせた。


絡み合う姿

フィレンツェには歴史的な彫刻がたくさんあり、そのレプリカが中心の広場に並んでいる。
これはそのひとつ。
本物を美術館で見たけれど、酸性雨にやられたのか、表面がぼろぼろで
とてもみてられるものではなかった。
レプリカのほうがはっきりいって美しい。
でも、本物はそれを越えたせつなさをふくんだ美しさがあるような気もした。



空高く

ドゥオモの横にはすごい勢いで立つタワーが。
中はエレベーターがついてるらしい。
登らなかったけれど、ドゥオモの隣にこれを建てる意図を
いろいろ考えた。


フィレンツェ 中心部

僕らはフィレンツェで迷子になった。
本気でどこにいるのかがわからなくなった。
遠くにフィレンツェの全景が見えたときは、とてもうれしかったし
迷った僕らへのご褒美のような気がした。


まるだーし

もちろんダビデくんの本物にも美術館に並んで会ってきましたよ!




フィレンツェ滞在期間 2006.4.17~4.19早朝







イタリア フィレンツェ編の記事は5本でした。
はじめての方も久しぶりの方も見てやってください。
記事もよろこびます。

その①フィレンツェへ
その②ウナム、フィレンツェで迷子
その③絶景は用意されていた
その④フィレンツェのドゥオモ
その⑤フィレンツェの頂き





酔っ払って書いたので誤字脱字があるかもしれません。
前回のコメントへの返事はまた酔いがさめてから書きますね。
とりあえずUPしておきます。ではみなさんおやすみなさい☆



地面が揺れてます。
明日返事しますからまっててくださいね。
変な文章があったらごめんなさい。
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  1. 2006/09/22(金) 01:53:22|
  2. 総集編~イタリア・スイス・トルコの旅~
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振り返り その1 イタリア ローマ編

今まで4月12日~5月12日まで行ってきたトルコ・イタリア・スイスの旅をゆっくり描いてきたわけですが、
ワンも終わり、終盤へ突入するにあたり、結構長くなってきたので、一度ここでおさらいしておこうと思います。

(一応)写真ブログなのに一度掲載した写真を使いまわすなんて恥ずかしい!


って思いつつ振り返り開始。
ダイジェストでいきます!
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

コロッセオとフォロロマーノ

※美しきコロッセオ


内部2

※コロッセオの中


でこぼこ

※ローマ時代のおもかげ


イスタンブールで数日滞在したあとにやってきたイタリア。
まず最初にやってきたのはローマだった。
メトロ(地下鉄)を降り、地上に出たときのまぶしい光のなかから巨大なコロッセオが出現した。
コロッセオ自体もでかいが、中の大きさも印象的だった。
イタリア編最初の記事はここ→最初の記事


フォロロマーノ

※パラティーノの丘にある遺跡


でかさに挑戦

※でかさに挑戦した写真@フォロロマーノ


フォロロマーノたそがれリョム

※たそがれリョム(兄)とフォロロマーノ


コロッセオの隣にあるフォロロマーノ。
紀元前の古代ローマ帝国に思いをはせながら眺めた。

フォロロマーノ全景

コロッセオからフォロロマーノまでは道が繋がっていて、
ここ一帯が石切り場として使われた後1800年代ぐらいまでただの荒地として眠っていたと思うと不思議な感覚がした。
パラティーノの丘をさまよいながら古代ローマを堪能した。
詳しい記事はこちら→詳しい記事


法王降臨

※法王降臨!@フォロロマーノ


サン・ピエトロ大聖堂

※神々しい世界@サン・ピエトロ大聖堂


そして、異常なまでのローマの人の多さは何だろうと思ったら、その日はイースターだった。
サンピエトロ大聖堂では2時間待って法王様の演説を聴いた。
一年で一番人が多いくらいのローマだったけれど、これはラッキーだったのかアンラッキーだったのか。。
当時は迷ったけれど今考えればラッキーである。
臨場感ある記事はここ→臨場感ある記事

スペイン坂なのかなんなのかいったいもう

※人の多さに疲労困憊な僕@スペイン坂

建物の大きさ、遺跡の規模、歴史の深さ、すべてを通して圧倒的だったローマを
やっぱり人の多さに疲れので、さっさとあとにした。


ローマ滞在期間 2006.4.15~4.17





次回:フィレンツェ





連載を詳しくやりすぎたせいか、シンプルにまとめる難しさを感じました。。。
迷いながらやったので、迷った記事になっております(笑

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  1. 2006/09/19(火) 22:13:32|
  2. 総集編~イタリア・スイス・トルコの旅~
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ありがとう 、そしてさようなら  @ワン

ピデ屋@ワン



ワンにありがとう。
人にありがとう。
気持ちにありがとう。
景色にありがとう。
湖にありがとう。
ケディにありがとう。
アクダマルにありがとう。
城にありがとう。
親切にありがとう。
ワンにありがとう。
  そしてさようなら。
           
         2006.4.28






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  1. 2006/09/17(日) 12:43:40|
  2. 2006年トルコ イタリア スイスの旅
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なじみの店 @ワン(BlogPet)

こないだ、ウナムが

外でなじみが姿を現した瞬間を写真に収めようと待っていると
中から
「ウワー!」とか「ひぇ~」とかなじみの声が聞こえてくる。
とか思ってるよ。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「シマ」が書きました。
  1. 2006/09/16(土) 15:58:03|
  2. シマのお言葉
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なじみの店 @ワン

ピデ



トルコ語でピザを意味する。

ワンの街には二日滞在したのだが、その二日間の夕食を僕らは同じピデ屋さんで食べた。

一日目の夜。
そう、僕が会話集を落っことして落胆しながら歩いていたときに
店の前を歩いているところを、「おお~い」と呼び止められた。
トルコではレストランなどで客引きに声かけられるのは多いので大抵拒否の笑顔で通り過ぎるのだが
トルコの東の方は物価も安いということも手伝って
ま、ここでもいっかという具合にそこで食べることにしたのがきっかけだった。

そのときは、めずらしい客がきたぞって感じで、興味津々に接客された。


二日目、ワン城を見てホテルもチェックアウトした僕らは最期の食事ということでまた同じ店に来た。
すると、店員たちは大喜び。

昨日とは親近感が全然変わっていた。
ある店員は僕のそばによってきてトルコの歌を僕に教えようと歌いだすし
また僕もフレーズごとに真似して返してやると、さらに喜んで仲間を増やして歌いだす始末。


ガイド本の「地球の歩き方」のワンの情報のところを見て、
「この店が載ってないのに、あっちにある店が載ってる!!うひょ~」
と騒いでいた。


食事が終わってからも、僕らは待遇が変化したのか、どうやらここで当分のんびりしていていいようだった。
みんな接客しながら僕らのテーブルに近づいてきては何かして去っていく(笑

僕らはその夜の深夜バスまで時間があったので2時間くらいは居座っていただろうか。


すっかり店の仲を歩き回ったり、写真を撮ってもいい仲になっていた。

ピザ職人

※ピザ職人!ここでピデを練ったり焼いたりする!かっこいい!

飯屋の人々と

※カウンターの料理人と中にセーター着込んでモコモコの僕


リョムとおっさん

※僕に何度も歌を歌わせたおっさんとリョム(兄)と確実に撮影する瞬間にポーズを撮ったウェイター








ワンの人たちはとっても人懐っこくて、気さくでいい人たちでした。
ランキングをクリックしてくださると、出会いが増えます。
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  1. 2006/09/15(金) 12:35:07|
  2. 2006年トルコ イタリア スイスの旅
  3. | トラックバック:0
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パラ  @ワン城

若者

※ワン城と案内した青年たち。


このワン城は夕方ごろには立ち去った方が良いらしい。
それはガイドブックやトルコに来る前ネットでワン城に訪れた人の旅日記を読んで知ったことだったが
子どもが石を投げてくる、もしくはお金をせびってくるというのだ。
僕がチェックしていた人は実際に石を投げられて頭を怪我したと記していた。


僕らはここまでお金をせびられることもなく、むしろ友好的にワンで人や子と接してきた。
しかし、ここを案内してくれた3人を見て気づいていたのだが
上の写真の右の二人を良く見てほしい。
右前にいる子はムラット君といって三人のリーダー的な存在でいいやつなのだが、
彼のジャケットと、後ろのやさしい目の子のズボンが同じ柄なのが分かるだろうか。


つまり、服を共有、シェアしていることが想像される。

よく見ていけば靴もぼろぼろなものを履いていた。

そして思い出してほしい。
一度ゴレンジャーの回で紹介した写真だ。
じろり

実はチャックが全開なのはわざとではなかった。
僕は眼力少年にチャックが開いてることを指摘していた。
すると彼は恥ずかしそうに壊れていることを伝えてきた。

きっとそのズボンは兄弟のお古だと推測できる。
貧困まではいかないが、貧しさがそこに見えた。
子どもたちの口から「お金」という言葉が出そうな気がして僕は彼らを楽しませながら距離をとった。



ムラット

※日記に残っていたムラットの似顔絵


このワン城に来た目的は夕日を見るためだった。
青年たちと焚き火を囲みながら似顔絵を描いたり、トルコ語の発音を習ったり、クルド人のダンスを習ったりしながら午後5時過ぎまで粘ったけれど、トルコのこの時期、日が落ちるのは午後8時くらいなので、さすがに無理だと諦めることにした。

ワン城を下る。
途中で3人の青年のうち一人が家の方角が違うということで、坂を横切って帰って行った。



残りのトルコ人ムラットともう一人のノッポくんと一緒にバス停まで向かう。
途中、バーベキューの人たちがはるか下を歩く僕らに気づき思いっきり手をふってきてくれた。
すごくうれしかった。


そしてバス停へ。
バスを待っていると
ちょっと前から何かをもぞもぞ言おうとしている感のあったムラットが言った。



「パラ」




僕はその単語を知っていた。聞きたくない単語だった。


「パラ」、それはトルコ語で「お金」を意味する。


ついに来るべきときが来たと思った。
リョム(兄)とも途中でいくらかあげたほうがいいかもね、と話していた。
しかし実際言われると、しかも相手から言われると、あぁ・・・と思う。
途中一人が何も要求せずに帰ったからひょっとすると本当に厚意なのかも・・と期待したときもあったが
この二人はどうしても欲しいようだった。


僕らも感謝はしていたからリョムはムラットに、僕はもう一人に払うことにした。
相手は10YTL(約1000円)欲しいといったが、それは高いだろうと思って
結局7YTLくらい渡しただろうか。


それが高かったのか、安かったのか分からない。
渡したことがよかったのかも分からない。
ただ、笑顔で別れられたのはよかったと思った。
広い







気持ちをさらけ出して綴るウナムのまなざし
みなさんのクリックとコメントが次の記事の原動力です!
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  1. 2006/09/13(水) 12:38:10|
  2. 2006年トルコ イタリア スイスの旅
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:27

果てしない大空と広い大地とワン城 @van

壊れかけの塔から降りてしばらく進むとどうやらワン城の中心ともいえる盛り上がった部分へたどり着いた。
そこは、かつて城であった雰囲気を残していた。


ワン城テッペン

※ワン城の天守閣?


って感じが前面に押し出されてる
モコモコした土のお城。
もちろんこの写真はそこを降りてきた後振り向いて撮ったものだ。


この写真でもカップル?もはいってなんだかいい写真だけども
しかし、僕が伝えたいのは城そのものだけじゃない、


伝えたいもの、それは





高さ

※見下ろした緑の大地とモスク



高さ長さ広さ




それらを加味して僕が岩に張り付いて撮った写真が
これだ~~~~~!!!!!
ワン城の魅力をくらぇぇぇええええ!!!












































高低差

※ワン城決定版(空が青ければなんて思いません)






遠くに前回登った塔がひょっこりあるのがお気に入り。
いつもみなさんのコメントを読むのが楽しみです。
クリックもありがとうございます!
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  1. 2006/09/11(月) 12:19:09|
  2. 2006年トルコ イタリア スイスの旅
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:34

存在の形跡    @アクダマル島 @ワン(BlogPet)

きょうシマは、ウナムは石っぽい意味しなかった?
それでいてウナムが理解するつもりだった。
またウナムと娘が予想しなかった?
またウナムは自体っぽい引用したかった。
それでいてここまで意味したよ♪
またウナムで予想したの?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「シマ」が書きました。
  1. 2006/09/09(土) 16:14:40|
  2. シマのお言葉
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  4. | コメント:8

ひぇぇえええ!! @ワン城

タワーとリョム

※リョム(兄)と塔



しばらく進むと塔があった。
登れるらしい。

リョム(兄)が登ることになった。
外でリョムが姿を現した瞬間を写真に収めようと待っていると
中から
「ウワー!」とか「ひぇ~」とかリョムの声が聞こえてくる。

なんだ?と思ったが程なくしてリョムがテッペンに現れた。
絶景になにやら吼えていた。



降りてきたリョムに「あの声はなんだったの?」ときいたら
一言「行って来い」と言われた。


カメラをリョムに渡して僕もいざ塔へ!
中に一歩はいってわかった。

壊れてる。。。。

らせん状に石の階段が中心の柱ではなくて壁から生える形でついていた。

石段は壁にしか支えがなく、非常に頼りなく感じた。
そして、その階段はところどころ歯抜けに。

ひぇぇぇええ!!


日本の城でもなんでもだが、
昔の人の作った階段は何かに挑戦するかのごとく急角度であったりする。
もちろんこの塔の階段も急角度だった

大またで、時々ジャンプしながら登っていく。(マリオ気分で)


頂上に着くと、絶景が開けた。
が、柵がない。
自分で安全だと思われる程度に身を乗り出して写真を撮ってもらった。
リョムにオッケーサインをもらったので降りることに。
ウナムとタワー

※ウナムと塔


しかし、くだりの方が怖かったのはいうまでもない。
手すりって大切としみじみ思った。



しかしワン城。塔で終わりではなかった。
どうやらこの塔で真ん中へんらしい。
まだ先に続いている。


危機を乗り越えた開放感で、ルンルン気分で歩いていると
目の前にが現れた。
覗いてみると、下が見える。


どうやら僕らは建築物のアーチの上を歩いていたようだ。
つまりこんな感じ。
ヒヤヒヤ

※こんな感じ。。。


地面の上を歩いていたと思ったら、実は下は空洞だった。
上から見たら普通の景色なのに、いつ崩落してもおかしくないような薄っぺらい石積みのアーチの上を歩いていたのだ。


「ひぇぇぇええええ!!」








日本だったら立ち入り禁止だろうなぁと思うようなとこでした。
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追記:
記事を見た母に、この絵では結構しっかりアーチが描いてあるから崩れそうな感じしないわよ。
とダメだしをくらったので、ここにもう一枚UPします。
ヒヤヒヤ2

※こんな感じ その2
  1. 2006/09/09(土) 13:03:02|
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王の目   @ワン城

崖を登ってたどり着いた世界。

そこは、王の視界だった。

ワン城の景色

※ワン城から街を見る。


左奥に道が直線に走っているのが見える。
僕らはそこをひたすら歩いてきた。
そう、シロシと呼ばれながら。



風が気持ちがいい。
そして高い。そして広い。


紀元前815年
この地を支配したウラルトゥ王国のサルドゥール1世によってこの城は建てられたのだそうだ。
ワンはウラルトゥ王国の首都だった。
旧約聖書にもアララト王国の名で登場するという。


かつての王もこの景色を見ていたのだろう。
敵が軍隊で攻めてきてもかなり遠くから見つけることができそうだ。
もし僕が王だったら、負けて攻め込まれる様子をここから眺めて恐怖におののくだろうなぁ、と思った。。

地平線から敵がジワジワ、ジワジワと近づいてくる。
巨大な城に近づいたために見えなくる敵軍。
下の方で戦闘の音や怒号が響く。音の恐怖。
ついに城の上に姿を現す敵。
そしてグサリ
ウナム王討ち取られたり。

・・・

何も負ける想像しなくても・・と自分につっこみを入れそうだった。
でもなんだかリアルだった。


まぁそんなイメージをしつつも、そのときの僕らは・・・

リョム(兄)と広さ

※笑顔満開リョム(兄)

絶好調でしたけどね!!!









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  1. 2006/09/07(木) 12:26:45|
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敵か味方か @ワン城

ワン城の広間を使ってバーベキューをしていたらなにやら身なりのキチンとした人がやってきた。
黒いスーツに黒メガネ、ネクタイも締めていた。

どうやら遺跡のテレビ撮影をしているらしく、黒スーツの男はその司会かつ解説者のようだった。
バーベキューの煙がモックモックとするなか黒スーツの紳士は一生懸命説明していた。
文字がたくさん書いてある岩の上に手をおいて、本当にそれっぽく語っていた。


そんな黒い紳士に「一匹どうだい!」と鳥を焼いていたおじさんが焼きたての鳥を差し出した。
怖そうなイメージとは裏腹に黒い紳士は手をタレでベッタベタにしながらうれしそうに食べていた。
一緒にテレビ局のちょっとツンとしたきれいなお姉さんも誘われていたが、鳥をみるなりいらないって言っていた。
なんかプライドっぽい壁を感じた。



そんなこんなでバーベキュー家族と別れて、いよいよワン城を登ることにした。
しばらく歩いていくと、

「あろ~~~、アロ~~~~!!」と上のほうから声が聞こえてくる。

声の方を見ると
遠くから

壊れた城の合間から一生懸命こちらに手を振る若者3人組が。

こっちへ来い!といってるようにしか聞こえない。


これは・・・あやしい!!


と思ったけれど、どうがんばってもこのまま城へ歩いていくと彼らと鉢合わせになることになる。

どうしよう。。。。
と思ったけれど

どうしようもないので

来るに任せよう。

僕らは覚悟を決めて、半分あきらめ気分で彼らと順調に遭遇した。



彼らは10代後半といった感じだった。
顔を見る限り悪い感じはしない。

彼らは案内してあげるよ!!と言った。


僕らと彼らのワン城観光がはじまった。


城は柵とかそういうものはなく、ひたすら放置され続けてきた感じだった。
だから道もあるような、ないような。

崖!

※崖を必死に登る僕らと彼らというか彼ら


こんなとこ登るの?!っていうような崖を岩に張り付いて登った。
日本の剣岳で岩肌を登ったときの三点支持を思い出した。


彼らは本当に親切にしてくれた。
今回ももちろん「アドゥム ヒロシ(本名)」(訳:僕はヒロシだよん)と自己紹介した。

僕がちょっと遅れると彼らは僕の名を呼んだ


「スィロス!!」


・・・・







次回は城からの景色をご紹介!







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  1. 2006/09/05(火) 12:59:20|
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バーベキュー  @ワン城

バーベキューー

※バーベキュー



ゴレンジャーの子供たちと別れ、急峻なワン城を登り始めた。
すると、ぷ~んといい香りが。

昔は集会でも行われていたのだろうか。
岩を削ったのか、石をもってきたのか、綺麗に整地された広場に出た。

壁には読めない文字が書かれている。
明らかに過去、ここに人がいたことが、そして大きな権力があったことが伺えた。

そんな石の広場には家族、親類だろうか、10名程度のトルコ人たちがバーベキューをしていた。

これは出会いだ!

そう直感した僕は、この旅のひとつの目標である「とにかく人と交流する」を実行することにした。


トルコ語で「 ブ 」 とは「 これ 」
     「 ネ 」 とは「 何? 」


手前の男の人が何かを焼いていた。
だから僕は聞いた
「ブ ネ?」

男性は片手を口に持っていき、くちばしのような形を作って見せた。
僕は「クワァ、クワァ」と返事した。

意気投合した。


どうやらアヒルみたいな鳥を焼いているらしかった。
そして
「どうだ、食ってけ」と僕らにアヒルらしきものを渡してきた。
焼き立てほやほやのそれは、しっかりタレがついていて旨かった。
少々辛かった。(トルコ料理には結構スパイスの効いたものが多い)

食べ始めるとすぐ、男性の家族と思われる女性たちがチャイを持ってきてくれた。
チャイは紅茶のようなもので、ちいさなコップで飲む。
たいてい角砂糖2~3つくらい入れるものなのだが、
砂糖はいらないというと「そんなバカな、ありえない。。。」
という反応が返ってくることもあるほど、砂糖を入れるのが当たり前の飲み物である。
当然甘い。

甘さとスパイスの辛さ、トルコ料理の特徴かもしれない。
すっぱさもあるけどね。


骨があったので、地面の置こうとしたら、
「おぉ~」とか言いながら紙を用意してくれた。
ポイ捨ては駄目の感覚があるのだろうか。。。


赤ちゃんや子供もいたが、とにかくチヤホヤされて1時間くらいその家族とゆっくりしていたような気がする。
岩の上に敷かれた絨毯の上で過ごす感覚は、これが本来の絨毯の使い方なんだろうなぁ~と思わせた。
遊牧生活をする上での携帯性、丈夫さ、そして砂の入ってこないような細かい縫い合わせ。
ソファーとかフローリングの上じゃなくて岩とか地べたの上にワイルドに広げて、ワイルドに持ち運ぶ。
プリミティブな絨毯の姿を見た気がした。



ちなみに今回写真があんまりないのは、最長老の女性に写真撮ってもいいかと尋ねたら、いやよ~と言ったから。
だからこんな隠し撮りみたいな感じになっちゃいました。
イスラム圏の女性、とくにブルカ(スカーフみたいなやつね)をかぶった女性は写真を嫌がることがあるので注意が必要です。




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  1. 2006/09/03(日) 16:12:24|
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アルメニア教会(BlogPet)

難しい
シマたちがイスラム圏は聖書を理解してないと面白さもほとんどはまるで異国の名前のように感じてしまいます
トルコで大きい
義務教育とか聞いて期待してやってきた
と、シマは思ったの♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「シマ」が書きました。
  1. 2006/09/02(土) 13:43:41|
  2. シマのお言葉
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ゴレンジャー現る  @ワン城

ワン城へ到着した僕らは早速入ってみることにしたのだが

ガイド本によると、入場料がいるらしい。
入り口のところにモスクっぽいのがあったで、とりあえずそこへ向かった。

すると、子供たち登場!

やはり日本人が珍しいのか、興味津々な目で見てくる。

じろり

※眼力少年とエルフ耳少年


というより左の子供は眼力強すぎだ。
右の子はやさしい顔だが耳がエルフかピッコロさんだ。
とりあえずチャック全開だが。



僕らは入場料を払おうと思ったが、どこにも窓口らしきものがない。
子供たちに「ビレット ネレデ?」(訳:チケット どこ?)
とたずねたが、特に反応なし。
「アロー」ぐらいしか言ってこない。


しばらく変な動きとかして笑わせていたが、いつまでもそうしてばかりもいられない。
僕らは先に進まねばならない。
が、せっかくだから数人集めて写真を撮った。


それが、これ
ゴレンジャー

※ゴレンジャー




まさかトルコでゴレンジャーに出会うとは思わなかった。
やはりレッドの位置は彼だった。
眼力の勝利だ。


きっと彼らはこれから冒険に出かけるのだ。
一番左の少年はきっとヘマをする。
左のやつのヘマを眼力少年が責め、仲間割れになりそうなとこを
右の渡辺徹っぽい少年が仲裁するんだ。きっと。いや、間違いない。
左後ろのまっすぐな瞳の少年は物事を客観的に見れる。
彼の観察眼が仲間のピンチを何度も救うことだろう。
そして右後ろの存在感なし雄君は何度も仲間に助けられながら
実は物語の鍵を握っているに違いない。


・・・


いや~いくらでも想像できそうな5人組だった!
いくらでもストーリーがわいてくる。


結局お金を払う場所がわからず、無料で中に入ってしまった僕らだった。





9月に入りました。リョム(兄)がひとつ歳をとりました。
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  1. 2006/09/01(金) 19:41:07|
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ロムスカ・パロ・ウル・ウナム

Author:ロムスカ・パロ・ウル・ウナム
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