
七類港という標識がさしていたのは森の中だった。
森を駆け上がり、朝が来るのを感じながらカーブを切ると再び海が現れた。
「おき」と書かれたフェリーそこにあった。
旅の行き先が決まったのは黄金週間(ゴールデンウィーク)の数日前だった。
候補地としてはいくつかあったが候補として浮上しては沈没していった。
頭にあったのは、去年の芳醇な思い出。
粟島の思い出だ。
粟島という体験は、いままでとにかく車で走りまくって、
もてあますパッションを燃焼し尽くす旅ばかりしてきた僕らに
ひとつの土地でまったりじっくりことことと時を熟成させる喜びという
あたらしいモノサシを与えてくれる旅だった。
だからなんとなく方向性は決まっていた。
一箇所を攻める。
京都北部など候補があらわれるなか、流星のようにひらめいた土地があった。
「隠岐島」
その島の名が候補に出た途端、曖昧だった僕ら4人の意思がなんとなく固まった。
僕らは兄弟従兄弟。リョム、ウナム、YSK、KOZO
僕を中心に考えるなら、兄、本人、従兄弟、従兄弟の弟という関係になる。
長らく親戚というものをやっているとなんとなくこれはいけると思える瞬間がある。
隠岐島という響きが出たときの感触がまさにそうだった。
行き先は決まった。

行き先が決まればYSKの出番。
YSKは、飯と値段とせっかく来たのだから度を考慮して宿を決めていく。
YSKの力で宿とフェリーの時間が明らかになっていった。
僕は僕で隠岐島の観光情報をダウンロードして2冊ほど冊子にしてスタンバった。
kozoはワクワクした。
リョムはソワソワした。
そして5月2日の夜僕らは出発した。
柿色キューブに乗り込んで。
最後の1000円高速を満喫しつつ島根県を目指した。
七類港というところから隠岐行きのフェリーは出るらしく、米子に入ったくらいから
慎重に七類港を目指した。
なんせ迷子になってフェリーに乗り遅れちゃすべてがおしまいだからだ。
最後に半島の山を越えた向こうに、まるでモスクのような雰囲気のある尖った建物が現れた。
それがフェリー乗り場だった。
そこには「おき」と書かれたおっきなフェリーがあった。
否が応でもテンションがあがる。
とりあえずチケットを買う。
厚紙のチケットには「本土→西郷」と書いてあった。
「本土」って響きがなんとも島に行く感じを盛り上げる。
乗船までまだ2時間ほど時間があった。
とりあえず寝た。
そして乗船時間に入口に行ってみると、もうすでに皆さん乗り込んでいるようだった。
僕らも負けじと乗船した。

※乗船! photo by YSK
乗船すると、席がない。
席が・・・ない!!!!!
我らが2等の席は早いもん順ですでに取られて果てていた。
なんてことだ。
御座などの配布がはじまっていた。
とりあえず僕らはどこか座れる場所を探した。
そして見つけた。
屋外に。

※船上のYSK
2時間半、僕らはこの痛そうなベンチにお尻をあずけることになった。
喫煙コーナーを兼ねる屋外ベンチに!

※安住の地 photo by YSK
船の上でどう隠岐島を観光するかの話し合いがもたれる。
その時に役立つのが僕が作った
旅の冊子!!!!
のはずだったのだが、一冊は家に忘れてくるし、
七類港に来たらその冊子とまったく同じかつ綺麗に刷られた公式パンフがあったうえに
もう一冊も、この時点でリョムによって柿色キューブに忘れ去られてしまっていた。。。
我がお手製の旅の冊子!本土から出れず!!!!
そして船は出る。
陸が離れる。
柿色キューブが見える。
離れていく。

※さようならキューーーーブ!

※さようなら本土~~~~~~!!!
という旅のはじまり。
- 2011/07/06(水) 22:42:52|
- 隠岐島2011
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| コメント:7
おぉぉ!柿色キューブと離れた旅のスタートなんですね♪
- 2011/07/07(木) 18:33:40 |
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- たっく #-
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おー、隠岐ですか!
仕事で一度、慰安旅行で一度、二度ほど
行きましたが、フェリーの時間が長いですよね(^▽^;)
なので二回とも爆睡してました( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
- 2011/07/08(金) 06:29:11 |
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