奈良井宿にはマリア地蔵っていうのがあるらしい。
マリア地蔵っていうと、マリア様を仏像にカモフラージュすることで
キリスト教信仰を見えないようにしたってやつですね。
木曽路で隠れキリシタンとは・・・なかなか・・・こんなとこでも頑張っていたのだね
と案内板に誘われるままマリア地蔵を探しに行ってみる。
すると、そこに現れたのは

おぉ・・・
おぉ・・・

※七福神?
七福神と思われる方々がお出迎えしてくれました。
お腹の出方に福を感じますね。
しかしちょっと顔が怖い気がします・・・
歯とかね。。。

※リョムに福あれ!
そこからしばらく進み、お墓みたいなとこをすり抜けていくと・・・
ありました。
マリア地蔵様!

※ひゃー!
首がありません!
子供が持つ錫杖が十字架を作っていますね。
調べたとこによると仏像が子供を抱くことはないそうなので
その辺もマリア的なのでしょう。
そして首がないのがなんとも不気味です。
きっとバレバレだったのでしょう。
逆鱗に触れて首を破壊されてたのでしょう。
首を破壊されるというと、アンコールワットの仏像達が思い出されます。
ヒンドゥー寺院から仏教寺院に、さらにクメールルージュという共産主義の時代を経る中で
仏像たちは破壊されていきました。
その首がない姿はやはりこのマリア像のようにどこか怖く、そして哀しいものを感じます。
当時はもったい、相手の文化と共存できないものか・・・と思ったものですけど
今は、その欠けた姿が歴史で、その強く打ち付けられた姿に感じるものがあります。
まぁ、僕もそろそろ、欠けちゃったりいろいろ取り返しのつかない部分もでてきていますが、
もがいた痕が・・・いいのだよね。
と言えるようになりたいものです。
マリア地蔵
http://www.naraijuku.com/2010/10/post-53.html
- 2012/01/20(金) 00:32:26|
- フジ方面の旅
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