
ハサンケイフを一望できる山の上で、銀髪さんが僕に精一杯の英語で語りだした。
「僕たちはクルド人だ。
クルド人はトルコ・イラン・イラク・アルメニア・シリアに住んでいる。
そこには3000万人のクルド人がいる。
僕たちはその地域をクルドの国、クルディスタンと呼んでいる。
そのクルディスタンの首都がディヤルバクルなんだ」
世界地図にクルディスタンという国は存在しない。
しかし、彼らの中では確かに存在している。
ディヤルバクルを首都としたクルド人の国が確かに肌感覚でそこにあった。
通常の知識ではトルコの一都市にすぎないディヤルバクルが実はクルド人の首都という大きな意味合いを持っていたということは僕にとって面白い感覚だった。

クルド人は長らくオスマン=トルコ帝国領内で生活していたが、
第一次世界大戦でオスマン帝国が滅亡すると、英・仏によって都合のいい国境線を引かれ
民族は先にあげたように、トルコ・イラン・イラク・アルメニア・シリアに分断されることに。
(逆に国をもらったのがユダヤ人ね)
トルコでは、政府が単一民族主義、つまりトルコにはトルコ人しかいないという考え方をしたので
クルド人なんてものはいないという表現までされたりしたらしい。
アイデンティティの否定ほどアイデンティティを覚醒させるものはなく
実際、それからクルド人の独立を求めるクルド労働者党などができて、
ゲリラ・テロなどを行ったりしている。
そんな事情もあって、トルコ人とクルド人の関係はよいものではないらしく
トルコ人の多いイスタンブールで「東の方へいく(クルド人は東の方にすんでいる)」というと
「なんで東なんていくの?」
「なんにもないよ」
「危ないよ」と結構真剣に不思議がられたり、止められたりする。
仕舞いには、「クルド人に
襲われるよ」とまで言われたりする。
しかし、一方で東や、ほぼトルコの中心の、東や西でもないようなとこから出てきてる人に聞くと
「東は美しい・・・」みたいなことを言われる。
だから今回、東の方へいくのはためらったりもしたのだけど
行かなかったら悔いだけが残る!一見は百聞にしかず~~~!!と決意して出発した。
結果としてワンやハサンケイフで素敵なクルド人たちと出会うことになった。

銀髪さんは静かな声でクルドについて情熱的に語った。
お互い稚拙な英語しかできないので、ちぐはぐだったが、
それでも熱意が僕らを結びつけた。
たぶん僕は大体は理解したと思う。
銀髪さんは僕にクルドの言葉を教えてくれた。
「ありがとう」はトルコ語ではテシェッキュルエデリムなのだが
クルド語では「スパース」
「グゼル(素晴らしい・美しい・おいしい)」は「ボシュ」
「ナスルスナス(ご機嫌いかが)」は「チャワニ」
ここで「チャワニ」って言葉を習って、
どうも東へ来ていらい「ナスルスナス」をあんまり聞かないなぁ~と思っていたのだけど
みんな「チャワニ」って言っていたことにハタと気がついた。
そして、5つぐらいのクルド語を習得した僕は、さっそくその辺にいるクルド人に
「チャワニ?」と話しかけてみる。
自分の言葉で話しかけられたときの彼らの反応は、、、、
目を驚きで煌かせ、「おめぇクルド語しゃべれるのか~~!?」みたいなこと言いながらうれしそうに近づいてくる。
現地の言葉を使うことは相手との距離を一気に縮めてくれる。
亡国のクルド人は素朴で熱い人たちだった。
ニヤケたちは相変わらず遠くでいちゃいちゃ撮影会をしていた。。
こっちも相変わらずアツかった。
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- 2006/10/20(金) 09:09:09|
- 2006年トルコ イタリア スイスの旅
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| コメント:28
ネムルトダァに行った時にバスに一緒に乗り合わせたのがトルコのおっちゃんたち。
皆仲間なんだけど、一人リーダー的なオモシロイおじさんが居て彼はクルド人でした。
皆に「彼はクルド人なんだよ」って教えられるまで違いが分からなかったのですが。
トルコ人とクルド人は仲が悪い、とそれまで聞いていたから、こんなに仲良くやってるのを見てすごく嬉しかったな。
数年前、東京青山の国連大学前には沢山クルド難民がキャンプしてました。
職場のすぐ近くだったのでよく彼らと話してました。
トルコでよりも青山で沢山のクルド人に会えるなんて・・・と不思議な気持ちでしたが。
難民保護の署名をしたら子供たちが嬉しがってましたね。
今でも居るのかなあ?
- 2006/10/20(金) 11:32:48 |
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- janet #-
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オスマントルコの本を読んだばかりだから、いつもにも増して興味深く読みました。あれだけ広大な地域を支配していたら、いろいろな民族が帝国内にいたはずだし、その頃はキリスト教徒がトルコ人の奴隷になったりしていたのですから、トルコにはトルコ人しかいないというのは・・・・。
それから昨日か一昨日、フランスで「アルメニア人の虐殺がなかったという発言をしたら罪になる」という法案が通って、「虐殺でなく戦争だった」という立場のトルコが抗議デモを行ったというニュースを見ました。事情をよく知らないけど、「なんで他者であるフランスがそんなこと決めるの?」「言論は自由でいいのじゃない?」と思いました。日本も歴史認識で国内外から暗黙の言論弾圧されていた気がするので、フランスのやり方にはちょっと賛同しかねます。事実がどちらだとしても、「言ってはいけない。」というのはね・・・。
別記事にTBしました。記事の最後に、本当にちょっとですが、ウナムさんのブログのこと書いています。
- 2006/10/20(金) 12:24:57 |
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- milesta #S4B2tY/g
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初めて投稿させて頂きます。
すぐに、言葉を覚えて周りの人に話し掛けることが出来るってすごいですね。自分の国に誇りを持ち生きていく、そのために言語はあり続けるのではないかなぁと思いました。
カバンを置いておいても安心と言うのは驚きです。
- 2006/10/20(金) 21:33:04 |
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- 華冬 #-
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ほん・・っと素敵な写真!
良い目の保養をさせて頂きました!
初めての訪問だったのでロムのみにしようと思っておりましたが
ウナムさんの熱く滾る旅行記にコメントせずにはいられませんでした(汗)
「FROM A WINDOW」経由です
- 2006/10/20(金) 22:20:17 |
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- 組長 #-
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イスタンブルにいてもクルド人はたくさんいました。
滞在して、私はなんとなくトルコ人とそのクルド人(東部出身者)の違いが見た目でなんとなくわかるようになりました。時々、友達のトルコ人(これは東部出身の友達もトラブゾン出身の友達にも教えてもらいましたが)に、一緒に道を歩いているときに”あれは(あの人は)クルド人だよ”(なぜわかるのかは定かではありませんが)などと教えてもらって、なんとなく顔がアラブや中東圏の濃い顔(必然的に日焼け肌)だと東部出身のトルコ人が多いようでした。
私も、ウルファやガジィアンテプの方に一人で旅に行って来るor行きたいと友達のトルコ人(トラブゾンやその他のイスタンブルに近い所の出身者)に言うと、”なんでそんな所に行くの?”あそこは危ない所よ”しまいには”あそこにトルコ人はいない、いるのはクルド人だ”なんて顔をしかめながら、はっきり言われました。
それにはっきりとした東部出身者を嫌う風潮も未だにトルコ国内では残っていることは確かです。少なくとも私はそう感じました。
長いな・・・。
私は、逆にトルコ東部・東南部の方がイスタンブルのような大観光都市なんかよりは大好きですけどw
何より人ごみが嫌いですから。。笑
”チャワニー”が懐かしい!!!
私はウルファで教えてもらいました☆でも実はチャワニー以外、私が教えてもらった言葉はザザ語だったというオチですが笑
- 2006/10/20(金) 23:27:03 |
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- ふみこ☆ #-
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海に囲まれた日本と違い広くて大きな風景が素晴らしいです。
クルド人の事色々知りました。
もっと勉強しなくてはと改めて思いました。
ありがとうございます。
- 2006/10/20(金) 23:46:33 |
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- みぽはは #YmjtW3u.
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今回のウナムさんの日記は「へぇー」っておもうことが沢山ありました。
クルド人って聞いたことあるけど、実際どんな人たちなのかっていうのは知りませんでした。
こういう背景があるんですねぇ。
ウナムせんせいの日記は勉強になります☆(笑)
これからも期待してます♪
- 2006/10/21(土) 01:29:25 |
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- ちづ #-
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そこに行かなければ、見えない、知らない姿がたくさんありますよね。今日の記事は、とても考えさせていただきました。何年か前、緒方貞子さんの公演を聴きに行きましたとき、"民族と宗教がある限り戦争はなくならないし、その問題が一番難しい”と仰っていました。いつも思いますが、そのような問題は、そこにいる普通の人たちの幸せは、いつもないがしろにされていると思えるのですが。きれいな景色の下にはどれだけの血が流されているのだろうか、その方たちのおかげで、今すばらしい、景色になっているのかもしれませんね。(^^)
- 2006/10/21(土) 08:53:54 |
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- sakura #-
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ウナム先生、おはようございます。
今頃はどこかへドライブでしょうか?
先生、半分寝起きのひらめには、この授業みたいな記事はちとむずかしすぎるでござる

やっぱり、合わない生徒でござるか?
授業をうけるより、自然児ひらめはこの雄大な景色みたいなとこで、駆け回りたい!
1枚目がすき!駆け回るのに邪魔なものもなさそうやし・・・
- 2006/10/21(土) 09:39:36 |
- URL |
- ひらめ #-
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こんばんは。
「アイデンティティの否定ほどアイデンティティを覚醒させるものはなく 」
なるほどなぁと思いました。
クルド人のことはイラクの件でちょっと知りました。
それにしても雄大な景色ですね。
- 2006/10/21(土) 21:42:44 |
- URL |
- kunikuni #-
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ウナムさんの日記を開いたとたん
目に飛び込んできた景色に、
「すっごーーーい!!」と、思わず声をあげてしまいました (☆O☆) 感動です!
またまた なんて美しい写真なのでしょう。
ウナムさんのまなざしで、クルディスタンの事も知れて 良かったです。
- 2006/10/21(土) 21:48:19 |
- URL |
- カナッペ #-
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ウナムさん、クルド語を少し教えてもらったんですね。
私も旅行中それを知っていたら、もっと出会いがあったかもしれません。
そう思うと残念、かなぁ…。(次こそは!)
私のブログでもクルド人のことは度々書いていますが、何も事情を知らないで見たら、クルド人の方が悪く見えてしまうのだろうと思うと、それが悔しいです。
もっとたくさんの人に、クルド問題のことを知って欲しいですね。
そういう意味で、ウナムさん、サンクス!
http://valvane.blog17.fc2.com/index.php?q=%A5%AF%A5%EB%A5%C9
- 2006/10/25(水) 17:42:19 |
- URL |
- valvane #3un.pJ2M
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民族と宗教。これほど、大切なものはありません。だからこそ、それを無視した行為をすれば、対立が起こってしまう。今回、問題になっている、毎日新聞記者の、不敬発言のように。
彼はたぶん、自分こそヒガイシャだと言うでしょう。そうして、他人(他民族)のアイデンティティを傷つけた事実を隠蔽し、「共生すべきだから、文句を言うな」と、話をすり替えることでしょう。逆さジャン。共生したければ、互いを尊重しないと。
民族も宗教も、消すことはできません。それは、旧ソ連があれほど宗教や民族を弾圧しても、消せなかったことを見れば分かります。
民族や宗教が戦争の原因なのではなく、その無視が、戦争の原因であるはずです。誰かが、知らずに誰かの足を、踏んづけているんです。で、痛いから怒り出す。怒られた方は、怖いから怒り返す。
トルコにもクルドにも与しない、過去に対立したこともない我々は、両方から大切な話を聞くことができる。そして、ウナムさんのように、世界に向けて自分の見聞を発信できる。そこに、「アリアドーネの糸」が、ありそうな気がします。
- 2006/11/01(水) 16:55:24 |
- URL |
- 失敗だらけだフニャ #lPbted/2
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