
※友達です
なんというか、僕は、、、元気です。
決戦の5月が終わり、とりあえずひとつの山場をこえたので
久しぶりにブログをしたためる。
運動会のような部活動のような活動で忙しくしつつ、
我が心の師の氷室さんのLAST GIGSも大阪、名古屋、東京と3公演足を運ばせてもらいました。
席はアリーナほぼ真ん中の一桁列、真ん中より前のアリーナ中央、中央気味のスタンド席と
公演を重ねるごとに氷室さんとの距離は開いていった感じ。
距離は遠くなっていったけど、席がほぼ中央ばかりだったおかげか
音に関しては意外と良かった。(ドームだから心配してた)
ボウイ曲が多いのはソロファンとしてはちょっと残念だけど
ソロファンとしての最終公演は25周年の横浜スタジアムで終わっていたと思える。
25周年の50本のツアーの48本目の周南で氷室さんが突然の卒業を宣言し
一週間後の49、50本目の横浜スタジアムが最後になるということで
心の整理がつかないまま、横浜スタジアムに向かったことを覚えている。
(もともと最終公演はチケットをとっていた。氷室ファンにとって横浜スタジアムは聖地。
その聖地でやるからには、どうしていかずにおられようか)
横浜スタジアムでは一曲一曲がこれが最後という気持ちで向かいあった。
しかし、氷室さんの骨折と雷雨の中断でリベンジ公演が発表された。
それが今回のLAST GIGS。
あのすべてソロの曲で構成され、成熟されたボーカルでまとめあげられた25周年ツアー。
あの横浜スタジアムが結局はソロの氷室ファンと氷室京介との最後の場だったのだなと思える。
だから今回、ボウイ曲が多いのも、ちょっとテンションさがるけれども
そういう意味で割り切れる部分もあった。
今回のLAST GIGSはすべての氷室ファンに喜んでもらえるように氷室さんが用意したものだと。

氷室さんの卒業の理由は、耳の不調。ある一定の音域がわからなくなるトーンデフというもの。
確かに、かつてのSSBツアーやITMツアーなどの抜群の安定感に比べて
昨今のクロスオーバーや25周年のライブは会場で音程が気になる箇所がごくわずかにあった。
各会場で氷室さんの耳を押さえながら歌う様子を見ながら、今日の氷室さんはどうかなと思いつつ
ちゃんと魅せていく姿にいつも着いてきてよかったと思いながら会場をあとにしてきた。
今回のLAST GIGSは大阪2日目、名古屋、東京最終日と見たわけだけど
印象としてはさらに耳は悪くなってると感じた。
特にバラードが苦しそうだった。
いままでのツアーでの極上のバラードパートを知っている身としては、とても辛かった。
でも、トーンデフでもがきながらも一生懸命歌う姿が僕が着いてきた氷室さん。
アルバムの最後の最後まで曲順に迷って、歌詞カードには最終的な順番とは違うものが載ってしまう氷室さん。
自信作をシングルにしようとしてたけど、ぎりぎりまで迷って違う曲をシングルで切ってしまう氷室さん。
ツアーの最終日までいつものようにリハーサルを突き詰める氷室さん。
いつも最後の最後まで悩みながらもマジメに本気で取り組む姿に魅かれてついてきた訳で
この苦しそうなバラードもまさに氷室さんそのもので、しっかりその姿勢を目に焼き付けてきた。
東京ドームの最終公演はとてもハッピーな終わり方をした。
横浜スタジアムのあのヒリついた空気からのハッピーエンド。
横浜スタジアムから2年弱の間に、ファンも氷室さんも心の整理がすすでいたからかもしれない。
今考えれば必要な時間だったのかもしれない。
僕もここで何かが一区切り。
さて、切り返していきましょか。
- 2016/06/02(木) 21:36:43|
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